「雪谷小三人会」での話題

向山洋一氏、師尾喜代子氏と私は、三〇年前近くに同じ学年団を組んでいた。今でも三人で月一回の会を設けているが、これが私にとってまたとない貴重な研鑽の機会となっている。つい最近、私の研究課題である個別指導に関するレポートをお二人に提案した。

向山氏はかつて安彦忠彦氏と往復書簡をされていたが、そのなかで「個別指導」に関する研究実践についてお二人が意見交換をする記述がある(『すぐれた授業への疑い』明治図書)。その一部分に、安彦氏が提案する十個の研究課題があるのだが、当時向山氏はそれについて言及を避けていた。それで、私は向山氏に、「今でしたら向山先生はどの課題に関心がおありですか」と尋ねた。

向山氏は即座に最初の三つの課題に〇を付けた。

「1 最も効果的な個別指導の方式は何かを明確にする」

「2 その際の教師の指導姿勢と指導活動の在り方を探る」

「3 一斉授業のなかで、どこに個別化場面を設定するかの基準の確定とその方法、教材、学習形態の用意」

この三項目は十の課題の中で、指導について絞り込まれた内容であったので、向山氏はおそらくこのあたりを取り上げるのではと、密かに思っていた。私の予想は見事に的中し、まさに我が意を得たりと得意満面の笑みを漏らした(と思う)。

ところが、次の師尾氏の発言に私はグサッと虚を突かれた思いがした。

「個別指導って定式化できるのかなあ。個別だからみな違うわけでしょ。誰でも当てはまる方式がつくれるのかしら」

正に矛盾を突くような核心的な言葉に、私は狼狽した。

 

「個別指導の定式化」を研究的実践の課題にする

向山先生は、すでにお食事モードに入っており、特別それについて意見を開陳することはなかった。一方、私は、毎日を個別指導に関わる身であり、師尾先生の発言を真剣に考えざるを得なかった。

「たしかに言われてみると、そうだよなあ。一人一人違うから、指導もその子に応じた内容になるので異なってくるし……」

向山先生が以前、向山型算数も子供の数だけ向山型があっていい、という趣旨のことを言われたことも思い出した。

しかし、向山型算数の場合は、やはり定式化されている部分もあるわけなので、個別指導であってもある程度は定式化・一般化が可能な部分はあるのではないだろうか、とその場は自らを慰めることにした。

師尾先生の何気ない疑問の一言が、これまでの教職人生で、一度たりとも深く考えたことがなかった「個別指導の定式化」の探究という、私の研究的実践課題をもたらしてくれた。

平たく言えば、どの子にも使えるような効果的な個別指導を探ってみたい、ということであり、まずは文献を調べてみることから始めてみた。算数少人数担当になってからこつこつと集めていた単行本がこれまでに六〇冊、現代教育科学や授業研究、『教室ツーウェイ』などの雑誌関係は五〇冊、ネット検索資料が三〇件となっていた。

(続く)


板倉弘幸(いたくら ひろゆき)
台東区立大正小学校を定年退職後、再任用5年間を経て、同校で現在、非常勤教員。
主に算数指導関係の著書・編著・校閲本がある。
『教育トークライン』誌等の校正や法則化サークル浅草での研鑽を通して、今も修業中。近著に『この目で見た向山実践とバックボーン』〔共著〕(騒人社)がある。